リトアニア生活

「欧州の防波堤」リトアニアとロシアの歴史的関係性:日本人が知るべき現在地と教訓

1. 歴史的背景:大公国の栄光からソ連による占領まで

栄光と苦難の歴史:なぜリトアニアは「屈しない」のか

リトアニアとロシアの関係を深く理解するためには、単に「旧ソ連の構成国であった」という近現代の事実だけでは不十分です。現在のリトアニアの強硬な外交姿勢の根底には、数世紀にわたるロシアとの対立と、民族存亡の危機を乗り越えてきた歴史的記憶が刻まれています。このセクションでは、現在に至るまでの両国の因縁を紐解きます。

かつての大国時代:モスクワとの覇権争い

現在のリトアニアはバルト海の小国というイメージが強いかもしれませんが、中世においてはヨーロッパ屈指の大国でした。14世紀から15世紀にかけての「リトアニア大公国」は、バルト海から黒海にまでまたがる広大な領土を支配していました。

当時、リトアニアは現在のベラルーシやウクライナの大部分を勢力下に置き、モスクワ大公国(後のロシア)とは東欧の覇権を激しく争うライバル関係にありました。この「かつての大国としての記憶」は、現在でもリトアニアの人々のアイデンティティの一部を形成しています。

地図から消えた120年と帝政ロシアの支配

栄華を極めた時代を経て、リトアニアはポーランドとの連合国家を形成しましたが、18世紀末の「ポーランド分割」によりロシア帝国に併合されます。ここから第一次世界大戦後に独立を宣言するまでの約120年間、リトアニアという国名は世界地図から完全に消滅しました。

この帝政ロシア統治下では、リトアニア語の使用禁止やキリル文字の強制など、厳しい同化政策(ロシア化)が行われました。しかし、人々は秘密裏に母国語の書物を運び込み、地下教育を行う「ブック・スマグラー(本の運び屋)」の活動を通じて、民族の言語と文化を死守し続けたのです。

ソ連による占領から「独立回復」へ

1918年に一度は独立を果たしたものの、第二次世界大戦の勃発とともにリトアニアは再び悲劇に見舞われます。1940年のソ連による併合、続くナチス・ドイツの侵攻、そして再びのソ連統治。この過程で多くの知識人や市民がシベリアへ追放されました。

しかし、半世紀に及ぶソ連の支配下にあっても、リトアニア人の独立への意志が折れることはありませんでした。

  • 1989年「バルトの道」:バルト三国の人々約200万人が手をつなぎ、600km以上の「人間の鎖」を作ってソ連の占領に抗議しました。
  • 1990年「独立回復宣言」:ゴルバチョフ政権下の圧力に抗い、ソ連構成国として最も早く独立回復を宣言しました。
  • 1991年「血の日曜日事件」:ヴィリニュスのテレビ塔にソ連軍が侵攻し、非武装の市民14名が犠牲になりましたが、市民はバリケードを築き独立を守り抜きました。

1990年3月11日、リトアニアはソ連の構成共和国の中で一番最初に独立回復を宣言し、その後のソ連崩壊という歴史的ドミノの最初の1枚を倒したのです。

【専門家の視点】なぜこれほど強硬なのか?
歴史家の多くは、現在のリトアニアの対露政策について、「現在の政治的判断というよりは、『二度と占領されたくない』という国民的合意と、歴史的経験に基づく実存的な恐怖に根差している」と指摘しています。彼らにとってロシアへの警戒心は、国家の生存本能そのものと言えるでしょう。

2. 現代の地政学リスク:「スヴァウキ回廊」と飛び地カリーニングラード

西の脅威:ロシアの飛び地「カリーニングラード」

リトアニアの地政学的状況を語る上で、最も特異な存在が西側に隣接する「カリーニングラード州」です。ここはロシア本土とは陸続きではない「飛び地(Exclave)」でありながら、ロシア連邦の一部として機能しています。

一般的な日本人旅行者にとって、カリーニングラードは馴染みの薄い地名かもしれません。しかし、安全保障の観点からは極めて重要な意味を持ちます。この地域は単なる領土ではなく、ロシア海軍バルト海艦隊の司令部が置かれる軍事要衝であり、欧州の中枢を射程に収めるミサイルが配備されています。

この飛び地の存在により、リトアニアは東のベラルーシ(ロシアの同盟国)と、西のロシア領に挟まれる形となっており、常に両面からの圧力を意識せざるを得ない状況にあります。

NATOのアキレス腱:「スヴァウキ回廊」の重要性

現在、軍事専門家や欧州の政策立案者が最も懸念しているエリアが、リトアニア南西部とポーランド国境を結ぶ約100km(約65マイル)の国境線、通称「スヴァウキ回廊(Suwalki Gap)」です。

なぜ、この短い国境線が世界的に注目されるのでしょうか。その理由は、以下の地理的条件によるものです。

専門家の視点:
スヴァウキ回廊は、NATO加盟国であるポーランドとバルト三国(リトアニア・ラトビア・エストニア)を陸路で繋ぐ唯一のルートです。もし有事の際に、ロシア軍がカリーニングラードとベラルーシから挟撃してこの回廊を制圧・封鎖した場合、バルト三国はNATO主要国から物理的に分断され、陸の孤島と化してしまいます。

この脆弱性ゆえに、スヴァウキ回廊は米国の政治専門誌などで「NATOのアキレス腱(最も致命的な弱点)」と呼ばれ、現代の地政学リスクの象徴的な場所となっています。

リトアニアを取り巻く国境環境の整理

リトアニアが置かれている複雑な立ち位置を整理すると、以下のようになります。この地理的条件こそが、リトアニアが国防費を増強し、対ロシア政策で強硬な姿勢を崩さない最大の要因です。

方位隣接国・地域リトアニアにとっての意味
西側カリーニングラード(ロシア領)強力な軍事力を持つロシアの飛び地。直接的な軍事的脅威。
東側ベラルーシロシアの強力な同盟国。事実上のロシア軍の進路となるリスク。
南西側ポーランド唯一のNATO加盟国との陸上連絡路(スヴァウキ回廊)。欧州への命綱。

このように記述すると危険な地域のように思われるかもしれませんが、逆説的に言えば、「世界で最もNATOが警戒・注視しているエリア」でもあります。ドイツ軍をはじめとするNATO多国籍部隊がリトアニア国内に駐留している事実は、ロシアに対する強力な抑止力(トリップワイヤー)として機能しており、ヴィリニュスなどの市民生活は平穏そのものです。

3. 驚異の「脱ロシア」戦略:LNGターミナルとエネルギー自立

先見の明:エネルギー安全保障の要、LNGターミナル「Independence」

リトアニアが欧州他国と一線を画す最大の特徴は、言葉による非難だけでなく、具体的な行動で「ロシア依存からの脱却」を成し遂げた点にあります。その象徴となるのが、バルト海に面した港湾都市クライペダに浮かぶ、巨大な船のような施設です。

これは2014年に稼働を開始したFSRU(浮体式LNG貯蔵再ガス化設備)であり、その名も「Independence(独立)」号と名付けられました。クリミア併合(2014年)と同時期に稼働したこの施設は、リトアニアのエネルギー戦略における最大の転換点となりました。

それまでリトアニアは、天然ガスの供給をロシアの国営企業ガスプロムによるパイプラインのみに依存しており、政治的な圧力や不当な価格吊り上げに脆弱でした。

このLNGターミナルの稼働により、リトアニアはノルウェーや米国など世界中からガスを調達することが可能になり、ロシア産ガスへの依存を「ゼロ」にする技術的基盤を確立しました。

EU初、ロシア産ガスの完全停止という決断

2022年2月のウクライナ侵攻を受け、欧州各国がロシア産エネルギーへの依存脱却に苦慮する中、リトアニアの動きは迅速でした。同年4月、リトアニア政府はEU加盟国として初めてロシアからのガス輸入を完全に停止すると発表しました。

多くの国が「経済への打撃」を懸念して足踏みをする中、リトアニアが即座にこの決断を下せたのは、長年にわたるインフラ整備と準備があったからです。これは、日本を含めエネルギー資源を輸入に頼る国々にとって、非常に示唆に富む事例と言えます。

データで見るリトアニアの変貌

リトアニアがどのように「脱ロシア」を進め、自国の安全保障を強化しているのか、その変化を整理しました。

比較項目かつてのリトアニア(2010年代初頭まで)現在のリトアニア
エネルギー供給源ロシア(ガスプロム)への100%依存LNGターミナルを通じた多角化(ノルウェー、米国等)
※ロシア産ガス輸入ゼロ
価格交渉力供給側の言い値(政治的価格)を受け入れざるを得ない市場価格に基づき、世界中の供給元から選択可能
国防予算NATO目標(GDP比2%)未満の時期も存在GDP比3%〜5%への引き上げを議論し、防衛力を大幅強化

国民の覚悟:「自由」を守るためのコスト

こうした強硬な姿勢を支えているのは、リトアニア国民の強い意志です。エネルギー価格の高騰やインフレといった経済的な痛みはありましたが、世論調査では国民の約70%が「ロシアを国家安全保障上の最大の脅威」と認識しており、政府の方針を支持しています。

リトアニアにとってエネルギーの自立は、単なる経済政策ではなく、国家の存続をかけた安全保障そのものなのです。

日本への示唆:
リトアニアの事例は、「平和と独立には維持コストがかかる」という現実を教えてくれます。彼らはロシアという大国の隣で生き抜くために、安価なエネルギーよりも「自由な意思決定権」を選び取りました。この戦略的な姿勢は、同じく地政学的なリスクを抱える日本にとっても、深く学ぶべきモデルケースと言えるでしょう。

4. 日本人旅行者への影響:治安・言語・杉原千畝の記憶

治安情勢:平穏な日常と国境地帯の緊張

リトアニアへの渡航を検討する際、最も懸念されるのが「ロシアやベラルーシに隣接していることによる危険性」でしょう。結論から申し上げますと、ヴィリニュス(首都)やカウナスといった主要都市の市民生活は極めて平穏であり、西欧諸国と変わらぬ治安レベルが維持されています。

NATO加盟国であるリトアニアには多国籍部隊が駐留しており、この強力な抑止力が国民の安心感を担保しています。しかし、地政学的な緊張感が全くないわけではありません。特に国境地帯に関しては、日本人が意識すべき明確な境界線が存在します。

一般的な観光ルートである主要都市部に関しては、過度な懸念を抱く必要はありませんが、国境付近への立ち入りには慎重な判断が求められます。

  • ベラルーシ国境: 移民の流入や軍事演習等の影響で、検問所の閉鎖や厳格な警備が行われています。観光目的で国境検問所に近づくことは避けてください。
  • カリーニングラード(ロシア領)国境: リトアニア西部に接するこの地域も、軍事的な要衝であるため緊張が高まりやすいエリアです。
  • 外務省情報の確認: 渡航前には必ず日本の外務省「海外安全ホームページ」および「たびレジ」の最新情報を確認することを強く推奨します。

言語マナー:ロシア語の使用には細心の注意を

かつてソ連の一部であった歴史から、「リトアニアではロシア語が通じる」という認識をお持ちの方も多いかもしれません。しかし、現在のリトアニア、特にウクライナ侵攻以降の社会情勢において、その認識はアップデートする必要があります。

現在、ビジネスや観光の現場において共通語として機能するのは「英語」です。特に30代以下の若い世代は、ロシア語よりも英語を流暢に話す傾向にあります。一方で、年配の世代にはロシア語を理解する人もいますが、歴史的背景や現在の対露感情から、ロシア語で話しかけられることに強い拒絶反応を示すケースが増えています。

現地でのコミュニケーションにおいては、相手がロシア語話者であると明確に分かっている場合を除き、第一言語として英語を選択するのが最低限のマナーです。

日本人旅行者へのアドバイス:
会話のきっかけには、リトアニア語の挨拶「Labas(ラーバス / こんにちは)」を使ってみてください。現地文化への敬意を示すこの一言だけで、現地の方との心の距離はぐっと縮まります。その後、英語で会話を続けるのが最もスマートで友好的なアプローチです。

杉原千畝の足跡:カウナスで感じる歴史の重み

リトアニアと日本を繋ぐ最も太い絆である「杉原千畝(すぎはら ちうね)」。カウナスにある旧日本領事館(杉原千畝記念館)は、現在の情勢下でも変わらず日本人旅行者を温かく迎え入れています。

リトアニアの人々にとって、杉原千畝は単なる「日本の外交官」ではありません。自由と人道主義の象徴として、学校教育でも取り上げられるほど尊敬を集める存在です。ロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにしている現在のリトアニアにおいて、「命のビザ」の物語は、より一層切実で重要な意味を持つようになっています。

カウナスの記念館は現在も通常通り運営されており、日本人がこの地を訪れることは、両国の歴史的な友好関係を再確認する深い意義を持っています。

現在、日本からの直行便はありませんが、ヘルシンキやワルシャワを経由することでアクセスが可能です。歴史の証人として、また現代の安全保障の最前線として、リトアニアは今こそ日本人が訪れ、その空気を肌で感じるべき場所と言えるでしょう。